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長澤の小言 vol.19   グチグチうるさい斉の日記  


2008,8,19

或る一日の日記から

思いもよらぬ事が人生では起こる。事前に構えている事なんてそうそうない。
次に発する言葉を予期したり、不確定な未来を予想する事を意識していきることは、よほどのことでない限り無い事である。

たとえば、戦場で常に死と隣あわせで生きている戦士ならばともかく、常に死を意識しなければならない環境に置かれている事で生を実感する。
生が当たり前の日常に死は意識下に追いやられ、その現実を不確定な不確実な事実にしてしまう。
本人の意識は死の瞬間まで存在し、最後のその時まで自覚される。
生きている事は常に状況が変化していてベクトルがある。
言い換えると、死へ向かってのベクトルである。

そのことは事実であり普遍である。死という確定的現実の先にある無変化な状態をエントロピーという。
生という一直線上に死がある。生というベクトルの終焉は生のエントロピーである。
生〜死の連続性はDNAの継承ということになる。
人類は生の連続性(永遠)を保守してきた。しかし、一個人の生のベクトルは必ず終焉を向かえる。ここに連続性はない。生きている間だけである。

愛するものを失うということは個人そのものの存在の消失であり関わりあいを失うという現実である。

互いの日常は消失する。しかしこれは非日常ではない。いつかおとずれる日常なのだ。
理屈ではわかっていても、現実を受け止め消化し受け入れる事が非常に困難であり、消化不良をおこしてしまう。

さっきまで元気だ心配ないって言っていたのに。

心の準備も出来ていたはずなのに。
今年の冬も一緒に正月迎えようって約束してたのに。

これが日常ならば、生きていくにはつらずぎる。
おいらの命分けてあげられるならって思っても。

いろんな思いが錯綜しながら、新幹線のホームに立っていた。

気がついたら長野。
切符をどうやって買ったかも定かではなく信州中野。
タクシーへ飛び乗り 山のお父さんのもとへ。思いもよらぬ事が人生では起こる。

今はただ思い出をなぞって父が残したSINGをひとつひとつ思い出している。
気がついたらここ数日間でも父が私に残してくれた沢山沢山のsing

生きている中に父の息吹を感じる。ありがとう。


※ sing : 告知 信号 前兆 痕跡

 

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